憲法9条を守ろう
八王子憲法9条の会
コラム「グローカルの眼」(29)

ベネズエラ:チャベス政権が示す方向性

小倉英敬

ベネズエラとは?

 ベネズエラはカリブ海に臨む南米北岸に位置した化石燃料資源の豊富な国として知られる。面積は九一万二〇〇〇平方キロ、人口は二五三八万人(二〇〇五年)であり、うちメスティソ(混血)が六六%、白人が二二%、アフリカ系が一〇%、先住民系が二%を占める「他民族国家」である。世銀統計(〇四年)によれば、同国の国民総所得(GNI)は一〇五〇億ドル、国民一人当たりの総所得は四〇一〇ドルである。
 主要産業は石油産業であり、同国経済は輸出総額の約八〇%、国庫収入の約五〇%、GDPの約二五%を占める石油産業に大きく依存している。石油資源としては原油の確認埋蔵量は〇四年現在で七七二億バレル(可採年数六六年分)と世界第六位の西半球最大の産油国であるが、さらにオリノコ川北岸にはオリノコタールと呼ばれる超重質油が存在し、その可採埋蔵量は九四七一億バレルと推定されている。また、天然ガス資源も豊富であり、その確認埋蔵量は四兆一五〇〇億立方メートルと世界第九位に位置している。このような化石燃料資源の豊富さと、現在の国際原油価格の高騰がチャベス政権の政策遂行上の背景にある。
 ベネズエラは、シモン・ボリーバルに率いられて一八一〇年にスペインから解放され、一八一九年にはコロンビアなどとともに「大コロンビア共和国」を建国したが、一八三〇年にはこれから脱してベネズエラ共和国として独立した。
 その後、一九八〇年代に採用された「新自由主義」経済政策の結果、中間層の地盤沈下に伴って社会格差の拡大が顕著となり、これが九九年二月のチャベス政権成立の最大の要因となった。チャベス大統領の就任後、九九年一二月の新憲法発効に伴い国名を「ベネズエラ・ボリーバル共和国」に変更。チャベス大統領及びその与党である「第五共和国運動(MVR)」は、ラテンアメリカの連帯と統合を目指したボリーバルの思想を、現代の内外情勢を踏まえ発展させた「ボリーバル主義」を主張している。

チャベス政権の変化

 米国政府は、このチャベス政権の動向に神経を尖らせている。
 〇六年二月、米国国防総省が発表した『(四ヶ年)国防計画の再検討』では、チャベス政権を「ポピュリスト的で権威主義的な政治運動の再来」として、国際的な「不安定要因」であると位置づけている。また、同三月に米国政府が発表した『〇六年国家安全保障戦略』では、チャベス政権を「反自由市場ポピュリズム[alter1]」と決めつけて、「潤沢な石油収入を手にしているデマゴーグが、民主主義を弱め、地域を不安定化させようとしている」と批判した。
 〇二年四月に生じたクーデター未遂事件では、米国大使館付の武官の関与があったとされるなど、背後に米政府の意向があったとの説が有力である。その後も米政府は反チャベス勢力に対する支援を継続した。そして、〇四年八月一五日に実施された、大統領罷免の是非を問う国民投票でチャベス大統領が六割近い支持を獲得し、さらに同年一〇月三一日に実施された地方選挙で大統領派が圧勝した頃から、チャベス政権に対する姿勢をさらに硬化させてきたように見受けられる。この時期は後述の通り、チャベス政権において「社会主義」が議論され始め、対外的にはベネズエラやメルコスール(南米南部共同市場)四ヶ国を中心として米州自由貿易圏(FTAA)に対する対抗軸が形成されようとしていた時期に一致する。
 〇四年一二月二四日、中国を訪問したチャベス大統領は、北京大学で行なった講演において、初めてベネズエラで進行中の社会変革と「社会主義」の関係について言及した。その際、同大統領は「私たちは、資本主義から離脱しつつあり、また資本主義から離脱しなければならない。資本主義の枠内ではボリーバルの構想を実現することは不可能である。我々が現在導入しつつある新しい要素を持つモデルは、将来ベネズエラの特徴をもった社会主義市場経済と正しくは呼ぶことができるかもしれない」と論じた。
 さらに〇五年一月三〇日に開催された世界社会フォーラムで行なった演説で、「私は、資本主義はその内部からは乗り越えられないであろうことを付言したい。資本主義モデルを真に乗り越えるのは社会主義モデルを通じてのみである」と発言、また同年二月二日にアルゼンチンを訪問して行なわれた講演において、「我々は、米国の新自由主義への抗議から、我々自身の提案にできるだけ早く転進しなければならない」と論じた。
 こうしてチャベス大統領は、同年一一月四日にマルデル・プラタで開催された第三回民衆サミットにおいて「我々は米州自由貿易圏(FTAA)だけでなく、資本主義を墓場に葬り、民衆の力で二一世紀の社会主義を生み出そう」と主張するに至る。
 このように〇四年一二月から〇五年二月にかけて、チャベス大統領は意識的に社会主義について言及し始め、新自由主義に対抗するモデルを構築する必要性を論じ始めたが、この時点でチャベス政権はベネズエラ的な特徴をもった「社会主義」への道に歩み出したと考えられる。
 であるなら、ベネズエラに進行中の社会変革の中にどのような社会主義的な方向性が存在するのであろうか。即ち、チャベス大統領が言及する社会主義への方向性は実体を有するものなのかどうか。現在、チャベス政権では、資本主義社会の否定的な諸現象を克服するため、新しい生産方式が試験的に実施されつつある段階に入っている。
 その端緒となったのが、〇四年六月に労働省から発表された「内発的発展計画」であり、社会主義への方向性が提起された。同計画は住民参加型の地域発展戦略を、新しい生産方式を導入することによって実現することを目指しているが、その中に「社会的生産企業」があり、これはさらに「住民共同体生産企業」「住民共同体サービス企業」「住民共同体流通企業」に分かれる。これら企業は現状では住民参加型の協同組合として組織されているが、将来的には「社会的生産企業」に組織化されると位置づけられている。このように、現段階のチャベス政権下では協同組合社会主義が実践されつつあると要約できよう。しかし、ベネズエラ型の「社会主義市場経済」をどのように発展させてゆくのか、その具体的方向性はまだ示されていない。

チャベス政権の国際戦略

 こうした不透明さが存在する中、チャベス政権は国内の政治経済との連結を通して、国際秩序の変更を目指す戦略を打ち出している。まず、ラテンアメリカ域内では、FTAAに対抗するための「米州ボリーバル主義代替政策(ALBA)」の創出を提起した。
 ALBAは、FTAAのように市場主義に拠るものではなく、公正と平等の原則に基づく貿易圏を提唱し、先進諸国主導の下よりも有利な条件で、社会の最も疎外された部門の福利、そして西半球の低開発諸国に対する連帯意識の活性化を訴えている。ALBAは経済的に最も弱い諸国との連帯を推進し、FTAAに対する均衡勢力を形成しようとする。その目標は全てのメンバーが利益を得る相互補完的な貿易圏[alter2]の構築にあるとされる。
 ALBAは〇五年四月にベネズエラとキューバが調印し、〇六年五月にボリビアが調印している。このALBA戦略の枠内で、キューバとの連携による識字運動、キューバを含むカリブ諸国やアルゼンチンに対する石油供給協力、「飢餓撲滅のための同盟(ALCHA)」への拠出、域内諸国間の一次産品・製造業間の連携確立、石油共同開発を目指した「ペトロスル」の設立、巨大メディアに対抗する南米諸国の共同出資によるテレビ局「テレスル」の設立などが行なわれている。そして、〇四年一二月にはベネズエラやメルコスール加盟四ヶ国を中心に、南米一二ヶ国が参加する「南米諸国共同体」が設立され、また〇六年五月にはベネズエラ、キューバ、ボリビアの三ヶ国の間で、自由貿易協定(FTA)に対抗する「連帯と補完の貿易手段」として「人民貿易協定(TCP)」が締結されている。
 またベネズエラは、〇六年七月にメルコスールに正式に加盟し、メルコスールの枠内でALBA戦略と連結させたキューバとの特恵関税協定の締結、南米縦断の天然ガス・パイプライン建設計画の推進、メルコスール開発銀行創設の検討に参加している。また、ロシア、中国、インドなどの上海協力機構の加盟国や準加盟国、さらには中東およびアフリカ諸国との関係構築も強化している。
 チャベス政権は国際的な連携を次々と打ち出しているが、中国との石油外交とロシアなどからの兵器調達は特に注目されている。こうしたチャベス政権による兵器調達は国際社会からの批判を招いていることも事実だが、その背景に国内の反チャベス勢力やそれらと連携したコロンビアの右派傭兵集団、そして米国政府の圧力などチャベス政権転覆を狙う内外の勢力の暗躍があることも無視してはならないだろう。
 チャベス政権が掲げる「もうひとつの国際システム」を形成する動きは、国際社会に波紋を広げている。米国がチャベス政権を西半球の「不安定要因」と非難しているが、米国にとってチャベス政権の国際戦略が、米国主導のグローバル秩序を脅かすものであることは確実である。従って、昨今エスカレートしている米国政府によるチャベス政権批判は、同政権が模索している「もうひとつの国際システム」が、上海協力機構に参加する中国、ロシアなどのユーラシア諸国の動向と併せて、脅威となりつつあることへの認識の現れであると言えよう。
 チャベス政権の成立当初に同政権が示した路線は、「反新自由主義」の姿勢が代替モデルの提示によって具体的に見えることが少なかったため、その評価に関しては「大衆迎合的な胡散臭さ」を指摘する傾向もあった。しかし、〇四年末から〇五年初頭を転機とした「社会主義」志向とその実践的基盤としての協同組合社会主義的な「社会的生産企業」の実験や、「もうひとつの国際システム」を構築するためにチャベス政権が示してきた具体的な行動は、「反グローバル化」運動との連携を強めてきたこととも相俟って、新しい社会主義モデルを模索すると同時に、米国主導のグローバル秩序とは異なる国際秩序を構築する可能性を示すものに転じてきたと評価できるのではないだろうか。(『月刊オルタ』2006年8-9月号所収)





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